





日々感じることや暮らしのこと、北欧・デンマークでの素材探しの旅やアーティストショップ巡り、さらにデザインのひらめきなど、カラコレスの舞台裏をご紹介します。

ネマガリダケのビン詰をいただく。
夫の大好物の「タケノコ汁」をつくろうとサバの水煮も用意。
ところがビン詰のフタが開かない。
熱湯で温めてもスプーンをはさんでも輪ゴムを巻いてもたたいても・・・。
ついにフタに穴をあけてようやく開封。腕が痛い!
普通に食べてる夫が物足りない(笑)
もっとすご~くありがたがって食べてよ!
教室はクリスマスのディスプレイでかわいく。
そしてレッスンでは水引を使ったお正月のアレンジが真っ盛り。
このミスマッチな季節感がいつものカラコレス。
今年はお正月アレンジが大好評で
レッスンに追加してオーダーをとったところ
30件もの追加オーダーが来ました。
清楚な白ゆりと縮緬のリーフを使ったあでやかなアレンジ。
研究コース生は白ゆりの本数も多くて、
そのまま和装のブーケにもなりそうな雰囲気。
そんなレッスンをデンマークのリースが飾られた
クリスマスのお部屋で作ってます♪
長女が大学に行くまでは受験のための塾の営業が花盛りだった。
それが終わったと思ったら今度は「振袖」。
成人式です。
ひとつひとつ子供の用事が減って
何もなくなるかと思えば今度は親の介護の年齢だったり、
自分のケアの年齢だったり・・・
自由は拘束の元にあるのかな。
右の耳がよく聞こえていないことに気付く。
風邪ひいたあとみたい。
あまり不便がなかったので気にしていなかったが、
そういえば季節外れのセミ鳴いてたりした。
更年期だからいろいろ出てくるのだ~。
先日のスタッフとの忘年会でも
指の筋肉がなくなってペットボトルのフタが開かなくなると
先に更年期を迎えた先輩の中沢先生と盛り上がった。
このブログが上がるころは飛行機の中だから
気圧で耳の聞こえも治ってそう。
だってマイナス×マイナスってプラスになるんでしょ(
笑)
クリスマス前のニューヨーク、
素敵なディスプレイなどなどお伝えしますね♪
仕事をするうえでいろいろな砦になるものがあるけれど、
一つずつ小さなものから何年もかけて築いてきて、
今年の後半を使って残りの大きな砦を築いた気がする。
そのどれもがきめ細かなお世話が必要で、
砂上の楼閣みたいに繊細。
気を抜いてお世話を止めたとたんに基礎も何も古くなって崩れてしまう、
どれもこれもそんな感じのはかないもの。
そしてそのはかなさは、カラコレスの世界観そのもの。
流れに飲み込まれないようにするための。
堅牢を誇る城郭なんて、うそだと思ってるの、
気の弱い私は(笑)
なぜそう感じたのかわからないが、
どうも相手と話している内容が微妙に食い違っている気がした。
頭脳明晰理路整然な相手の話しぶりに
ちょっと自信を失いそうになったが、
わだかまりの方が勝った。
で、再度しつこく確認したら、
双方の見解が違っていることが判明。
わかったら今までのずれ加減がわかって
お互い笑ってしまったのだが、
「お互いの前提が合っている」と信じているうちは
そこまで到達できない。
この半年間のひきこもりで
これだけは鋭くなったなと思うのが原始的な「勘」。
あれは原始人に戻るためのリハビリだったわけね。
昨日発行のメールマガジン、
イラストがお正月(汗)。
ちょっと気が早かったかしら・・・
ニューヨークに行くのに何の準備もしていないのを
スタッフに心配されて、
本日スーツケースだけ持ってくる。
これで安心してくれた?(笑)
あるところで「おいしくないと定評の」カレーを食べた。
他にメニューの選択肢はいくらでもあったのだが、
周りの方々が「絶対においしくない、
本当においしくない、こんなにまずいカレーは食べたことがない」というので
どんなにおいしくないか興味がわくではないですか。
で、結果は?
う~ん・・・私が作ったのと変わらないか(笑)
ますますひきこもりそう・・・
今日明日と東京出張で、
明日の夜はスタッフとの忘年会。
みんな頑張って一生懸命働いた一年でした。
で、そのあと2日おいてからニューヨークなのですが、
まだスーツケースも出してない。
年末までこんなにバタバタしてるのは予想外。
何も面白いことが起こらなくても
十分刺激のある毎日。
最近こんなのが多いけれど、
捨てていきたいと思ってる。
英会話の教室で「what’s New?」と聞かれても
絶対にこたえられない。
そもそも過ぎたNewに興味がない。
何年に一回起こる「捨てたい病」は
物の整理から始まってまわりまわって自分のあり方を整理することになる。
それがここの所「拾わなければいけない」状況にある。
それもかなり意識して・・・。
で、がんばっていろいろ拾ってみて思ったことは
捨てるために拾ってるんだなってこと。
拾って吐き出して整理して忘れるために。
博物館って、あれは整理して存在を忘れるためにあるのじゃないのかなあ・・・。
そのくらい自然になればいいなって思う。
私の「拾うこと」も。