
日々感じることや暮らしのこと、北欧・デンマークでの素材探しの旅やアーティストショップ巡り、さらにデザインのひらめきなど、カラコレスの舞台裏をご紹介します。
【この記事は2016年のものです】
10年ぶりにプロフィール用の写真撮りなおしました。
すでに東京で活躍されているカラーリストの先生が、
10数年前長野で起業された瞬間に立ち会ったご縁もあり、
その時にパーソナルカラーを見て頂きました。
今回もその先生にお世話になりました。
先に撮影スタジオに送った10着ほどの私服の
ダメ出しから始まりました。
カラーで言う「夏に近い冬色群」、
つまりクリアな色が似あうと言われていたのに、
いつのまにか無難と思われる黒やグレーが多くなっていたのです。
そのすべてにダメ出しをされて、
最後に選ばれたのが水色のワンピースとピンクのスーツ。
まさかこれはないだろうと思いながら、
おまけに送った2着です。
日頃スーツを着ることは全くと言ってありませんので、
ピンクのスーツはどうもしっくりきません。
メイクさんとカメラマンさんが最大限プロの技を駆使してくださいますが、
気恥ずかしくて納得がいきません。
次に水色のワンピース。
「花を持ちましょう」とカメラマンさんに言われ、
備品で送ったアーティフィシャルフラワーを即席でブーケに仕立てます。
ハサミで余分な長さの枝をカットして、色彩バランスを整えて・・・。
その瞬間、カチッとスイッチが入るのがわかりました。
花を持っている自分は、先ほどのスーツだけの時と違って
驚くほど安定しているのです。
こんな形で「私の居場所はここ」
を、確認することになりました。
ひたすら花の中に埋没した20年でしたが、
こんなに明確にそれを意識したのは、
はじめてかもしれません。
その時の私、実は久しぶりの水色のワンピースで
私の方が大きく育ってしまい、
背中のファスナーが閉まらずにガムテープ貼りだったのです(汗)。
けれど、そこに「居場所」を得た人は、
そんなことなどどうでもよい位に落ち着いていたのでした(笑)。
撮影って、まったく心の中まで映し出すのですね。
【こちらは2016年の記事です。
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【この記事は2016年のものです。】
今年に入ってずっとパンばかり焼いています。
凝ったものではなくて、自家用で
中にチーズや餡や自家製の固めのマーマレードを入れたり、
トッピングしてピザ風にしたり。
子供がちいさいころ、転勤族で転々としていて
やっと長野に戻ってきてこの教室を始めた頃、
やっぱり毎日パンを焼いていました。
凝りだすと止まらない性格なので、
国産の25キロの小麦粉を買って夜昼となく。
今年のマイブームは「以前やっていたこと」らしい。
振り返れば、私の歴史は「私の好きなこと」で詰まっています。
例えば本棚の本。
読み終わると処分してしまう傾向なので、あまりたまらないけれど、
それでも残っているのは自分を投影した本たちですし、
読みたい本は新刊よりも未読のストックの方にあります。
趣味で習った楽器も、絶対にもう一度手に取るのよという
強い意志で大事に保管しています。
20代30代には理解できなかったことも50代にもなれば
経験を積んでなるほどと自然に理解できることも多くなり、
「以前やっていたこと」が、
新たな手足をつけて戻ってくる感じ。
これは仕事でも大いに感じます。
新たな切り口、新たな素材、新たなデザインが生まれようとしていますが、
そのヒントは、「うしろを振り返り、たどってきた道に落としてきたもの」
にありそう。
ここから先は、一度出会っているはずの何か、
を探す旅なのかもしれません。
【こちらは2016年の記事です。
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【この記事は2015年のものです。】
「コケの観察会というのがあるらしいよ」と友人に誘われて、
即答「行きたい!」と。
残念ながら昨年の企画は終わってしまったらしいのですが、
今年は絶対に行こうと思います。
コケ、苔、MOSS・・・ああ、なんという美しい響き(笑)。
スクールで扱っている素材、
プリザーブドローズやアーティフィシャルやドライフラワー、リーフ類、
すべての花材の中でもコケの存在感は格別です。
特に、コケが一番威力を発揮するのは単体でコケだけの作品を創る時。
昨年の私の個展でも、ついコケを特別扱いしてしまいました。
レッスンで使っているものでも、
緑の山ゴケ、細いひものようなスパニッシュモス、
プリザーブド加工されたふわふわのアイスランドモス、
裏側が黒くて表が白いまるできくらげの様なシルバーモスと何種類もあります。
特に味があるのはシルバーモスでこれは「ウメノキゴケ」の種類。
古木の幹にびっしり貼りついているのをご覧になったことがあると思います。
コペンハーゲンにクリスマス時期に行くとよく、
ショップの天井にカラ松の枝を張り巡らせていますが、
その一枝一枝にラメをふったシルバーモスがぎっしりとついているのを見て、
その手を加えない美しさに感嘆しました。
教室ではアイスランドモスも人気です。
ふわふわしたスポンジのようなアイスランドモスは「ハナゴケ」の種類で、
ジオラマの樹木に使われたり、
ほかにもなんとトナカイのエサであったりするのです。
お腹いっぱいになるまで食べるのは相当な量がいりそうですが、
サロン・デュ・ショコラの装飾時にお世話になった通訳さんに、
私の個展の写真をお送りしたら、
「パリでも日本の苔玉は人気なんですよ」とのこと。
苔のお庭は日本のイメージに直結するのかもしれませんね。
どうもコケの話をすると制御が効かなくなるらしい。
まだまだ魅力は奥深く続きそうなので、
この先の趣味の一つとして
「コケの研究会」への入会を真剣に検討しています。
【こちらは2015年の記事です。
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【この記事は2015年のものですから、2021年現在カラコレスは26才ですね♪】
人生の中で20年の歳月を継続することはそれほどないように思いました。
もちろん自分の20年、成人式ははるか前に経験しています。
長女が22歳なので子育ての20年も経験済み。
結婚して26年ですからここでも無事20年は通り過ぎました。
けれどカラコレスの20年はそういったものとはまた違う感覚です。
自分で生み出した世界なので、勤続20年とも違います。
何も言ってくれない相手に対して小さなお世話をし続けたら
ある日急に饒舌になった・・・みたいな感じです。
ここの所の「阪神淡路大震災から20年」という報道を見て、
ああ、あの年だったのね、始めたの、と思い返しています。
途中何本もの分かれ道を経験しました。
その都度、より美しくよりグレードが高く、
より一般的でなく、より非日常で、
強いて言えば、より深く楽しめる道を選んできました。
次の20年も仕事をしていられたらこんな幸せなことは有りませんし、
私の好奇心は年々増長しているように思えます(笑)。
お付き合いしてくださる方々があればこそ。
皆様の日頃のご愛顧に感謝しつつ、
次の20年に向けて「またまた楽しく驀進するわ♪」と
決意を新たにするのでした。
【こちらは2015年の記事です。
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【この記事は2014年のものです。】
50才を過ぎると、若いころ描いていた情景を
たいてい達成してしまっているのを感じます。
やってみたかったことを羅列して、
出来るところから一つ一つ、
足元を見て一歩一歩地味に進んでいると思ったら
振り返ったらほぼ思うような世界を実体験していたという感じ。
「何かを使って何かを作る。
それでその何かがほかのどこにもないような世界」。
「何か」ばかりではありますが(笑)、
今ではそこに複数の具体的な言葉を入れることができます。
なにしろ思い描いていたのが小さな世界ですから達成も早い。
この夏、つい先日まで困っていたのは、
小さな世界で達成感を得たので、
次に進む理由が見当たらないことでした。
このモチベーションのなさを跳ね返すのは、
プラスのエネルギーではないような気がして、
ではマイナスのエネルギー・・・。
リセットする。ゼロにする。解体する。捨てる。
死んだつもりになる。
で、エンディングノートを作り始めました。
市販の素敵なタイトルのついたものではなく、全くの私仕様。
カスタマイズされたものでしか満足できないので。
そこに記すのは幻想でもなく哲学でもなく
今と今後自分を取り巻く事実。
そこまで来てようやく、自分を取り巻く環境、つまり事実が
50才までとは変わってきていたのだとわかりました。
それを確認できて、ようやくモチベーションが戻ってきました。
「ベクトルの向かう先」を再構築した夏です。
【こちらは2014年の記事です。
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【この記事は2014年のものです。】
夫の地元の函館には「鯨汁」という郷土料理があり
俳句の冬の季語にもなっているそう。
塩鯨に根菜や山菜をたっぷり入れて、煮込み年末年始に供される。
昨年末、一人暮らしを始めた義父のもとに私達夫婦で帰函し、
料理上手だった義母には及びもしないが
この私が鯨汁はじめ、正月料理担当として腕を振るうことになった。
義母がいつも買っていたお魚屋さんは、
地元の人しか行かない本当に小さな小さなお店で
ご主人と奥さんが立ち働いているスペースは2人でいっぱい。
ショーケースも小さなものだが、その代り扱うものは
厳選された活きの良い魚や貝や干物ばかり。
珍しい魚もあって、
函館に帰るとこのお魚屋さんに来るのが楽しみだった。
「悪いね、この年末はもう予約しか扱わないんだよ」とご主人。
ああそうだった、いつも義母はお刺身を予約していたことを思い出す。
ダメもとで「鯨汁を作ってみたいんですけど」と聞くと
「塩鯨だったらひとつあるよ」と小さな白い塊を出してくれた。
湯通しの仕方や根菜や山菜の合わせるものも聞いて。
お正月に帰ることは少なくて、
いつもは暖かくなった5月の連休が多いので、
私もほとんど食べたことのない鯨汁。
でもこれがなかったら義父は元気にならない。
その他の材料を買いに地元のスーパーに立ち寄ると
やっぱりそこにも同じくらいのサイズの塩鯨を売っていたが、
価格は先ほどの6分の一。
あららこんなに違うの?とびっくりしたが、
そのとっておきの塩鯨で作った鯨汁はコラーゲンがたっぷり栄養たっぷりで
塩鯨の細切れも柔らかくてプルプルで解けてしまいそう。
懐かしそうに「おいしい」と義父。
後で聞いたら、質の悪い塩鯨は固くて噛みきれないのだとか。
良かった、初制作の料理が噛みきれないようなものではなくて。
そのお魚屋さん、私にとってはまるで「宝箱」のような存在。
「小さくて」「質の良い物を扱って」「今いるお客さまを大切にし」
「行けば必ず美味しい物がみつかる」という期待を外さないのもすごい。
それを後押ししているのが、
納得のいく品物が売切れたら店を閉める潔さ。
私の仕事もそのような方向に行くのではないかと思う。
「小さいままでいる」って大事なこと。
【こちらは2014年の記事です。
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そんなことをやっている過程での、
漏れのあった記事をアップしてみました。
昨日の自分のようです。
あまり変わってないわねと(笑)。
家にいて、静かにできることをやってみています。
【この記事は2016年のものです】
作品制作の最中なのか、
完成間近の時なのか、
完成の瞬間なのか、
飾って素敵って思えた時なのか。
あるいは贈ってありがとうと喜んでもらえた時なのか。
どの瞬間もモノを作るひとにとって
比べがたい楽しい時です。
けれどそれとは別に、
全身の血が沸き立つような、
集中力と引き換えに感じるわくわくがあります。
それは、何かがはじまる前。
静かで、
すべては収まるところに収まっている。
きれいになった机の前に立ち、
これから何を選ぶかはわたし次第。
その瞬間の緊張感は特別です。
形になりだしたときというのは、
もうプランを実行しているにすぎません。
カラコレスを一つの世界と考えると、
どんな素材をそろえ、どんなカラーを打ち出し、
どんな人たちに何をご提案できるか、行きたい方向は。
その一つ一つが作品であり、
わくわくを通り過ぎてきた作品です。
無事第20回生徒作品展、研究生のグループ展が終わりました。
そしてまた次のわくわくに向けて
収めるものを収めている時が今です。
【こちらは2016年の記事です。
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【2013年の記事を上げています】
私は一生かかってもこうは呼んでもらえません。
気が利かないから。
もう、とにかく憧れるのです(笑)、気が利く人に。
私にとって最大最高の「気が利く人」はこの夏他界した夫の母でした。
彼女は化粧品やお洋服のお店もしていたので、
いつもお客さまに「○○だと思ったから、○○用意しておきましたよ」と、
タイミングをはずさず過不足のないサポートをします。
お客さまは「ここに来ればすべてわかってくれて受け入れてくれる」
という安心感から、義母を自分のおしゃれのコンシェルジュとしていました。
事実いつも義母の買付は「○○さんのためにこれを」という、
目的の決まった買い方。
そのサポートは嫁である私にも及んでいて、
「あなた、また海外に行くんでしょ、
化粧品の小さいの送っておいたから使いなさいね。」と
こまめに世話を焼かれていたのでした。
また、先日仕事である会社の女性の新入社員にお世話になりました。
その二十歳そこそこの女性が実に気が利いて、
義母と同じ匂いがするのです。
「坂本さん、これあった方が良いと思いましたのでやっておきました」・・・が
ほんの一か月の間に何回もあって、その働きぶりに感嘆しました。
年齢じゃないのね~!
「気が利く人」に共通しているのは周りが見えていることと先が読めること。
周りが見えず先を読めない私はすこしでもその世界に近づきたくて、
こういう時義母ならどうするかなと思うのですが
一向にその距離は縮まらないのです。
もう一層のこと、気が利かなくて周りが見えなくて
先も読めない代わりに○○ができる!という方向を目指すしかないわ。
その○○に入るものを、これからの時間を使って探します。
【こちらは2013年の記事です。
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【2012年の記事を上げています】
8月のお盆休みの後半を、夫の実家のある函館へ出かけました。
長女が大学生になり、長男が中学で部活を始めてから
なかなか家族4人の時間が持てなかったので、
久し振りの家族旅行です。
20年以上前に夫と歩いた同じ道を家族で散歩しました。
異国情緒ただよう函館の街を見下ろす坂道。
観光地になっている、教会がいくつもある通りに
ソフトクリーム屋さんがこちらも数軒、熾烈な競争をしていました。
どこもアルバイトのお姉さんがお店の外で呼び込みをしています。
そのうちの一軒、主のおじさんが
「うちのアイスは〇○牧場の牛乳で」と
おいしそうな呼び込みをしているお店に立ち寄りました。
用意された木陰の椅子に腰を下ろして頂く、
北海道の牧場のしぼりたて牛乳のソフトクリームは美味しくて元気が出ます。
ひと時休ませてもらって、さあもう少し歩こうかと。
家族で席を立ってすぐ目の前の通りに出ると、
先ほどの呼び込みをしているご主人と目が合いました。
次の瞬間ご主人から出た言葉は
「いらっしゃいませ~、○○牧場の牛乳を使ったアイスで~」。
視線は私達を通り越して、
向こうからやってくる観光客に向けられていました。
お店が見えなくなるまで歩いた時、
ふと「最後が『ありがとうございました』だったらよかったのに」とつぶやくと、
隣にいた夫が「俺もそう思った」と。
おいしいソフトクリームをたべて行動が完結しているはずなのに、
なまじ目が合ったばかりに
予定外の行動に気持ちが完結しませんでした。
お客様にお渡しするのは
形ある商品ばかりではないなあと痛感です。
お帰り際、にこやかに目を見てお話しすること、
「ありがとうございました。またお待ちしていますね」と
お声掛けすることは、
絶対にお渡し忘れてはいけない「形のない商品」なのだと心がけています。
それをしないと私達も気持ちが悪いということは、
お客様と私たちのあいだにしっかり気持ちの交流がある証で、
仕事をしていて一番安心する瞬間です。
【こちらは2012年の記事です。
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