




先日のCUBIC 個人特性診断の結果が出た。
「わ~協調性ひくい! 7しかない・・・」というと、
横にいた安部先生が
「7ですか、意外とありますね」と冷静な分析。
「100分の7だよ」
「え~っ! 分母100ですか? 低すぎ!
てっきり10分の7だと思った・・・」
「普通そう思うよねー」と
なけなしの7で協調する私・・・
CUBICという性格診断のようなものを
何年に一回かやっていて、
久しぶりに今の自分と向き合ってみた。
結果は後日送られてくるのでまだわからないが、
結果を見なくてもわかった。
変わってない・・・。
しかも、変えたくて色々知識をつけて
修正に励んだ部分ほど変わっていないことを痛感。
結果としてある結論にたどり着く。
・ 自分のでこぼこ加減を直視すること
・ でこぼこがあることを自覚して人に接する事
あ~ぁ たいらになりたかったのにぃ・・・
おとといは電車で右往左往の一日。
予定の近くに滞在先を予約したのに
その後のスケジュールを組み損なってその滞在先が遠くなった。
近くのホテルに変更しようと思ったけれど
いっぱいで予約がとれず、これも何かの縁かとそのままにしておいた。
結果、何の縁でもなく、
目的地には遠く、時間ばかりかかり・・・。
こういう日もあるわよね~。
すべてに意味があるなんて大嘘と実感。
あっ意味といえばたくさん歩いたので体力が付いた!
義母がお寺さんのお札を送ってきてくれた。
毎年家族全員の分を
おまいりしてもらって送ってくれる。
そこには大きく数え年の年齢が書いてある。
「わ~50才って書いてあるよ、どうするんだぁ!」
往生際の悪い(笑)夫が、今年のお札を見てあたふたしている。
同い年の私ももちろんそう書いてある。
50才ねえ・・・やっと来たかって感じだけどなあ。
30才代でこの仕事を始めて「早く40才にならないかなあ」と思っていたし、
40代になったらなったで、あまりの中身の無さに「50代になればなんとか」って。
年齢だけ重ねていっても中身は充実しない?
でも毎日が「時間」っていう点の連続だとすると、
やっぱり50年には50年分の点が詰まってるわ!
(だったら30年でも、40年でも一緒じゃないっていうお言葉は無視♪)
さて、これで安心できるかって言ったら、いや全然・・・なんですけどね。
善光寺の灯明祭りに家族で出かける。
最終日、滑り込みセーフ。
きびしい夜の寒さの中、
参道いっぱいに並べられた切り絵の灯明を楽しみながら、
本堂の幻想的なライトアップを楽しみながら、
久しぶりに表参道を上がっていった。
本堂でお参りして家族でおみくじを引くと、
私だけ「大吉」。
そういえば、お参りのときに
「○○が良くなりますように」ってお祈りしなくなったなあ・・・。
良いも悪いも一概には判断できないと気づいてからは、
無理やり良い事を願って何かを好転させたいというエネルギーが
沸かなくなったんだった。
だったら何てお参りするかといえば、
「なるようになりますように・・・」。
何ともいい加減なお祈り?
「なるようになった暁には、それに対処します」という意味。
本人はいたってまじめなんだけど。
昨年から意識的に自分の枠が広がるような場面に
行くようにしてきた。
けれど、やっている日々の作業に変わりなく・・・。
変わりは無いのだけれど、
分母が大きくなった中での日々の作業は、
それなりに意味を持ったり、
はっきり「ここにいる」という位置の確認につながるようになった。
少し離れた場所から自分のことを見られるようになったのかな。
「のりしろ」が出来たなあと感じる。
これと同じ時期がむか~しあった。
大学に通っていた4年間・・・。
もちろん勉強していたわけではありません(笑)。
新しい世界で、いろいろな事を試してみて
ちょこっとは勉強して、あとは遊んだり遊んだり遊んだり・・・?
この「遊んだり遊んだり遊んだり・・・」が、
その後の自分にとって何十年もキープできる「のりしろ」だったとは。
しかもそれがわかるのが30年もたってから、というのが怖いなあ。
「のりしろ」を作っている時期に共通するキーワードは
「遠回り」と「一見むだ」。
積極的に「のりしろ作りたい」というような直接的な動きでは、
「遠回り」できないという、
なんとも切ない矛盾に気が付いたりして。
あとになってわかるのよね、あれもこれも。
立春より少し前に、
二日続けて同じ内容の不思議な夢を見る。
こういうのって後から思うと予知夢のようなことだけれど、
現在進行形の今はまだ何の示唆かわからない。
夢の内容はこう。
ひとりの知性の塊のような男性を我が家へ招待した。
ところが家についてみると10人もの女友達のグループが
同じ日、同じ時間に私に招待されて家に来ていて
鉢合わせになっているというシーン。
しかも料理がそれほど得意と思えない私が
それぞれを手料理でもてなす事になっていて
「どうしよう、何を作ったらいいの」とあせっている。
この2つのシーンだけ。
ただし感情的にはもう少し細かい描写までおぼえている。
自分で招いておきながら知性の象徴としての男性に対して、
胡散臭いものとして疑いを抱いているみたいなのだ。
その知性が「体系化されたうそ」じゃないかと思っているらしい。
一方女性たちの集まりは騒々しくて秩序が無くて
生命力の塊のような存在。
私はそれに対してかなり肯定的な感情をもっている。
イヤじゃないって事。
これって何ナノかな・・・。
メモ代わりにここに書いたのは、
いつか明確にわかるときが来るだろうと思うから。
しかも忘れた頃にね。
昨日に引き続き健康診断情報。
無事終わる。
それにしても、胃の検診ってあんなにハードでしたっけ?
命綱無しで、両手でつかんだバーだけが頼りなのに
ほとんど逆さづりに近い状態・・・
久しぶりに運動不足を解消しました!
明日は健康診断。
何が怖いって、採血中に必ず貧血起こして
別室に運び込まれるのが恥ずかしい・・・。
ここのところ毎回きまってそう。
朝ごはん食べてないので空腹の上に、
「わ~私の貴重な血が抜かれる~!」と思いながら
腕に挿された注射針を凝視していると、
目の前が白くなってホントに星がちかちか見える。
「今度は横になって寝ながら採血してくださいねっ!!」と
言われるが、毎回病院も違うし言い出せない。
明日も初めての場所で、
やっぱり子供みたいで、きっと言い出せないだろうから、
私の小さな挑戦はつづく。
何って? 起きたまま採血する!
昨日は立春で旧暦の元旦。
一年の初めの気分は、通常の西暦の元旦よりよほど
こちらの方が強くて、
体が軽く、インスピレーションに富む一日でした。
私は原始人なんでしょうか・・・。